Cueing

気づく。思い出す。わかる時が来る。

Future Is Born

しばらく前の話になるが、息子が生まれた。

世界中が特殊な状況下にある中での出産だったので、妻と息子のことを考えると不安で仕方なかったのだが、時間が経って思考が整理されてきたところで、当時の思いを残しておこうと思う。

 

 

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2020年3月30日、第一子である長男が生まれた。

分娩直後にもかかわらず、妻は「ゴッホと同じ誕生日だよ」と言った。

かっこよすぎるな。君と結婚してよかった。

 

里帰り出産であった。

世界中がCOVID-19蔓延に恐怖する中での出産。

感染リスク低減のため、分娩には立ち会えない。

元々無力な夫が、近くで声をかけることさえもできないということだ。

病室で一人、初めての陣痛を迎えた妻の不安は如何ばかりであっただろうか。

それでも、分娩を終えて連絡を寄越した妻は元気だった。

 

振り返ってみれば、生まれる前から不安と葛藤の日々であった。

出産を前にして日々深刻さを増していく社会を直視するのが辛く、意識的に情報を遮断することもあった。そしてその不安は、離れて暮らす妻も同等か、それ以上であろうと思った。

そういえば、臨月を迎えた妻は日々の散歩を勧められている。

そこで、散歩のお供になるプレイリストを作って共有することにした。

音楽をきっかけに出会った私たち。少しでも、不安を紛らわす助けになるのではないか。

 

この日記のタイトルにある”Future Is Born”というのは、RHYMESTERの楽曲名である。

プレイリストに入れる曲を探す中で出会った曲の一つだ。

 


RHYMESTER - Future Is Born feat. mabanua

 

説明するまでもないが、子供が生まれることとは何の関係もない曲である。

アルバム「ダンサブル」のリード曲で、文字通り体を揺らしたくなるような曲調だ。

過去から今に至るまで、そしてこれからも、ヒップホップの歴史は未来創造の連続であり、自分たちがその一員であるということを、力強いビートに乗せて伝えている。そういう曲だ(と思う)。

しかし、生まれてくる息子のことを考えている自分の気持ちに、何か刺さるものがあった。

そういえば、妻はMummy-Dが好きだった。

この曲のおかげでいいプレイリストになるな、と思った。

 

ところで、時制はwill be bornではなく is born である。

これから生まれるのではなく、現在も生まれている、もしくは普遍的に生まれるという意味になるだろうか。

歌詞を引用すると、

 

――Future Is Born 今日の僕らが明日の創造主かもね

  Future Is Born 今もどこかで奇跡が進行中かもね――

 

――あの日の「未来」は来ずじまいだけど

  あの日の「未来」を越す時代が

  来たっていうんだから驚くぜ!

  あの日のオレたちみたいに

  キミの未来は馬鹿みたいにシャイニー

  ただしオマエらのRootsは

  あくまでオレだとは言っておきたいぜ!――

 

長らく日本のHIPHOPを牽引してきた存在であるRHYMESTERが言うと説得力がある。

この曲が、なぜ不安定な自分に力をくれたのか・・・それは、息子に向き合う将来像の鮮明なイメージを与えてくれたからだと思う。

いつか息子が成長した時、父親としてこんなメッセージを送れるような存在でありたいと思えた。

息子も、自分も、どちらも未来の創造主なんだ、と。

現状を思って悪いほうに向きがちな気持ちを、未来を思う前向きな気持ちに変えてくれる力があった。

 

そんなことをぼんやりと考えていた折、この思いを更に明瞭にしてくれる出来事があった。

無事の出産を上司に報告した時である。祝福とともに良い言葉をもらった。

 

「親が子どもを育てるのと同時に、親は子どもに成長させてもらうんだ。」

 

おそらく、この言葉の深みを本当に理解できるのは、ずいぶん先のことになるだろう。

ただ、親になったばかりの未熟者の背筋を伸ばすのには十分な、素晴らしい言葉だと思った。

息子と一緒に成長していけるように。シャイニーな未来が創れるように。

 

だから今、生まれてきた息子に対して思うのは、“ビッグになれよ”とか“しっかり育ててやるぞ”とかではなく、

 

“一緒にがんばっていこうな”

である。

 

妻と息子と、一緒に想像していく未来が、本当に楽しみになった。

 

 

ところで、肝心のプレイリストであるが、あまり活躍しなかったようだ。

妻のほうがずっと精神的に強かったし、私が勝手に不安になっていただけかもしれない・・・

これから、ちゃんとやっていかないとな。